自分にとっての心地よさを探す。生きていく。

書きたくなったので書いとこう〜と、思いつき。

やたら長いよー。

今日は満月、

そわそわしちゃう夜のおともにどうぞ。

20代のとき、双極性障害を発症しました。

簡単に言えば、ローとハイを繰り返す内因性の病気。心因性でないとはいえ、ちょっとしたストレスが気分と体調の上下に大きく関わっています。

「一生、完治はしない病気です」

と言われたときは、ものすごくショックでした。

依頼を受けて絵を描きながら、きりきり予定を詰めて働いていた時期で、職場の人間関係もまあまあ順調、このまま好きなことと生活を両立して生きていくんだ!と信じていたのでね。

薬を飲んでも抑えきれない「めっちゃ楽しいーーー!」と、「めっちゃつらい…」の激しいジェットコースターは、これからこうなっていくという希望のプランをこてんぱんに破壊しました。

からだも思うように動かなくなって、もうこれから先、絶望しかない!と思ってた。

でも、診断を受けたことで


「こういうときに悲しくなるんだ」
「こういうときは怒っちゃうんだ」
「えっ、こんなに楽しさが続いていいの?逆に大丈夫?」


っていう、それまで見ているようで見ていなかった自分のこころの動きを(強制的に)見つめるしかなくなり

自分の感情のお世話ができるのは、自分以外にはいないということ

誰かの感情の責任を、自分が背負う必要はなかったんだということも知りました。

まるごと背負うのをやめて、そのままの自分の気持ちを言葉で話す・適切な距離で相手の気持ちを聴く。

それまでの他人>自分なコミュニケーションをリセットし、0から少しずつ練習してきて、それは今でも、まだまだ初心者。

「直感で受け取る&絵を描くだけならできるのにな」と時々へこみながら、ぼちぼちやっています。

自分が背負わなくてよかったはずの荷物をおろす。
自分が本当にほしいものを選んで、持つ。

自分と向き合い、本音に気づいていくことが、途方もない難しさに思えたのは

考えて考えて、うんと考えて解決しようとしていたから。

がんばって背負おうとした誰かの感情だって、本当に真実が見えて・分かっているわけではなくて、ただ「こう思っているんだろう」「こういう理由でこう言ってるんだろう」と頭で考えた、想像の範囲での話なんだから。

ぜんぜん、信頼していなかったんだと思う。自分も、他人も。

ごめんなさい。だけど、本当にありがとう。

気持ちが渦巻いてどうにもならないように見えてるその奥に、こんな穏やかで静かな感覚があるなんて知らなかった。

いつでもここに帰ってこられることを知りました。

たまに忘れても大丈夫。怒ったり泣いたり、怖くて動けなくなる日があってもいいんだ。

いろいろあるけど、わたしも、あなたも、大丈夫。

この感覚は誰の中にもあって、ぜったいに消えてなくならない。

どうしてもふわふわした言葉になってしまうんだけどね。

絵を挟んでお話をする、この活動を通じてわたしが伝えたいと感じているのは、実はこれだけ。

「自分を知りたい、自分を幸せにしたい」

あれこれ言いながら、みんなここに向かってるんだって思ったよ。

この経験がなければ気づけなかったこと。

がんばっていない人なんていないし、ちゃんとできていない人もいない。みんなすごくて特別なんだよね。

わたしは幸運にも、いや、これもタイミングがあって起きてることなのかもしれないけれど

10年かけて、障害が単なる『状態』になり、自分という人間をコツコツ生き直しています。

これからも自分とお付き合いしていきますし、そのときそのとき感じることを軸に、どうしたら楽しくなれる?何が心地いい?という、遊びと暮らしの実験を死ぬまで続けるつもりです◎

その過程を見て、感じて、考えて、できれば一緒に共有してみて

何かあなたの心にも届くものがあれば、幸いです。

ちなみに・・・

最近ブログを更新しないゾノさんはというと、「書きたいことがないから書いてない」と言ってました。笑

Twitterはたまにつぶやいてるので、ゾノさんがどんな人なのか、どうもいまいち見えてこない・・・わからん・・・な人は、ぜひぜひTwitterへどうぞ〜。

好きなことしか書かない(書けない)ふたりですが
ふたりらしいなあと思います。いいんじゃないかな、それも。

今週末は、心斎橋のイベントにお邪魔して絵を描くよ!遊びに来てねー!

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