やさしい音の鳴るほうへ

こんなにがんばっているのに、を、考え始めると止まらなくなります。

あなたがわかってくれないから とか

あの人のせいで とか

あのときこうなるはずだった とか

問題がある限り無理 とか

こんな世の中もうダメだ とか

自分の足を止めてしまうもの、鎖のような重さって、思いのほか多いんだなぁって。

窮屈なのはもうやめようって言いながら、知らずにあちこち縛られている人も、たくさんいるなぁって。(もちろんわたしもです。)

この世界に、どんな意味付けだってしていいはず。

各々自分の好きな意味で存在していていいはずなのに

自分を怒らせて、悲しませて、苦しませるような

まるで苦行のような、地獄のようなラベルをたくさん貼って

ほんとうのことになかなかたどり着かない自分自身にも、またがっかりしたりして

こんなにがんばっているのになぁ。って。

幸せになるためにがんばっているのに報われない

幸せになりたい

今の自分は、とっても不幸せなんだ

みんな幸せなのに、自分だけがかわいそうなんだ

何とかしなきゃ、手放さなきゃ、愛されるためにまず愛さなきゃ…

それ自体が、そもそも誤解だったら、たぶん。

わたしもあなたも、がんばる必要はないんじゃないかなぁと、思います。

何もしなくていいよ〜じゃなくて、がんばる方向が、いつのまにかちょっとズレてただけな気がするというか。

こっちじゃないかもって、自分で薄っすら感じているから、またしんどいんだよね。

ぎゅうぎゅうに縛られている自分の気持ちをしっかり聴いて。

早く手放せ〜理由はなんだ〜!って問い詰める必要なんてないから、

何を思ってるの?何を感じてるの?って、親友みたいに、隣に座って。

気づこう

手放そう

悟ろう

と思わなくても

ちいさな自分が、おずおずと語り始めたら、自然にちゃんと解決していくから。

やさしい音の鳴るほうへ

わたしがあなたを連れて行くんじゃなく

あなたがわたしを連れて行くんじゃない

わたしが、わたしを、連れて行くんだ。

あなたが、あなたを、連れて行くんだ。

きっと、それだけです。

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